スマートシティのサイバーセキュリティ戦略:IT/OT融合領域における研究開発と政策課題
スマートシティの実現に向けた取り組みが世界各地で加速する中、都市インフラのデジタル化とネットワーク化が進展しています。特に、これまでの情報システム(IT: Information Technology)と、電力、水道、交通、製造業などの制御システム(OT: Operational Technology)が高度に連携・融合する「IT/OT融合」は、都市機能の最適化や新たなサービス創出の鍵となります。しかし、この融合は同時に、サイバー攻撃の対象範囲を拡大し、都市の安全性・安定性を脅かす新たなリスクを生じさせています。スマートシティにおけるサイバーセキュリティ戦略、特にIT/OT融合領域への対応は、喫緊の課題として認識されています。本稿では、この重要課題に対する研究開発動向と政策課題、そして政策と研究の連携の現状と展望について考察します。
スマートシティにおけるIT/OT融合セキュリティの重要性
スマートシティでは、多数のIoTデバイス、センサー、通信ネットワーク、データプラットフォーム、そして都市インフラを制御するOTシステムが複雑に連携しています。例えば、交通信号制御システム(OT)が交通量データ(IT経由で収集)に基づいてリアルタイムに制御される、あるいは配電網(OT)がスマートメーターデータ(IT経由で収集)と連携して最適化される、といった事例はIT/OT融合の典型です。
このような環境では、ITシステムへのサイバー攻撃がOTシステムへ波及し、物理的な設備停止や誤動作を引き起こすリスクが高まります。また、OTシステムはレガシーな技術やプロトコルを使用している場合が多く、パッチ適用が困難であったり、リアルタイム性が要求されるためにシステムの停止が許容されなかったりと、ITシステムとは異なるセキュリティ上の課題を抱えています。これらの特性を踏まえた包括的なセキュリティ対策は、スマートシティの持続可能性とレジリエンス確保に不可欠です。
IT/OT融合セキュリティに関する研究開発動向
スマートシティにおけるIT/OT融合セキュリティは、国内外の研究機関や大学において活発な研究が進められています。主な研究開発動向は以下の通りです。
- OTシステム特有の脆弱性評価と対策技術: OT環境で使用されるプロトコル(例:Modbus、DNP3)の脆弱性分析、物理的な制約下でのセキュアブート技術やファームウェア更新手法、フィールドデバイスレベルでの異常検知技術などが研究されています。
- IT/OT横断的な脅威インテリジェンスと監視: ITネットワークとOTネットワーク双方からのログや通信データを収集・分析し、相関分析によって複合的な攻撃を検知する技術開発が進んでいます。機械学習やAIを用いた異常検知、脅威ハンティング手法も応用されています。
- セキュアなIT/OT連携基盤: ITとOTの間での安全なデータ連携、制御信号の授受を実現するためのゲートウェイ技術、プロトコル変換におけるセキュリティ確保、境界防御やネットワーク分離(セグメンテーション)の高度化に関する研究が行われています。
- サイバー・フィジカル・システム(CPS)セキュリティ: サイバー空間と物理空間が密接に連携するCPSとしてのスマートシティ全体のセキュリティモデル構築、リスク評価フレームワーク、シミュレーションを用いた攻撃影響分析と対策効果評価に関する研究が進められています。
- サプライチェーンセキュリティ: スマートシティを構成する様々なデバイスやシステムがサプライチェーン全体で安全に製造、供給、設置、運用されるための技術的・管理的手法に関する研究も重要性を増しています。
これらの研究は、単なる技術開発に留まらず、実際の都市インフラを模擬したテストベッド環境での検証や、実証実験を通じた有効性の評価が行われています。
IT/OT融合セキュリティに関する政策課題
研究開発の進展と並行して、スマートシティにおけるIT/OT融合セキュリティを確保するための政策的な対応も求められています。主な政策課題は以下の通りです。
- 法的・制度的枠組みの整備: 従来のITセキュリティ関連法規や重要インフラ保護に関する制度が、スマートシティ特有のIT/OT融合リスクや広範な関係主体に対応できているか見直しが必要です。責任範囲の明確化なども課題となります。
- ガイドライン・標準化の推進: スマートシティ全体、特にIT/OT融合領域におけるセキュリティ要件や対策基準を明確にするためのガイドライン策定や、関連技術の標準化が重要です。国内外の標準化動向(IEC 62443シリーズなど)との連携も求められます。
- 情報共有・連携体制の構築: 政府機関、地方自治体、インフラ事業者、研究機関、セキュリティベンダーなどが脅威情報や脆弱性情報を共有し、連携して対策を進める体制の構築が必要です。
- 人材育成と啓発: ITとOT双方の専門知識を持つセキュリティ人材が不足しており、育成プログラムの開発や、都市関係者へのセキュリティ意識向上に向けた啓発活動が重要です。
- 国際連携: サイバー攻撃は国境を越えるため、スマートシティのセキュリティ確保には国際的な情報共有や政策連携が不可欠です。
政策と研究の連携による課題解決
これらの複雑な課題に対し、政策と研究の連携は極めて重要です。研究機関で開発された最先端の技術的知見やリスク分析手法を政策策定に活かし、また政策ニーズや社会実装の課題を研究テーマとしてフィードバックする好循環を構築することが求められます。
具体的な連携の形態としては、以下のようなものが考えられます。
- 共同研究: 政府機関やインフラ事業者が研究機関と連携し、実際の課題に基づいた共同研究を実施します。例えば、特定の都市インフラを対象としたリスク評価手法の開発や、新たな防御技術の実証などが挙げられます。
- 実証実験への政策支援: 研究開発された技術をスマートシティのフィールドで検証する実証実験に対し、資金提供や規制緩和などの政策的な支援を行います。これにより、技術の有効性や社会実装上の課題が明確になります。
- 専門家委員会の設置: 政策策定やガイドライン作成において、研究機関の専門家が技術的なアドバイスや最新の研究成果を提供するための委員会を設置します。
- 人材交流: 政府機関、研究機関、産業界の間での人材交流を促進し、相互理解と連携を深めます。
これらの連携を通じて、技術的な実現可能性と社会的な受容性を両立させた、実効性のあるスマートシティのサイバーセキュリティ戦略を策定・実行していくことが期待されます。
まとめ
スマートシティにおけるIT/OT融合は、都市機能の高度化に貢献する一方で、サイバーセキュリティ上の新たな課題を提起しています。この課題に対して、研究機関は脆弱性対策、監視技術、セキュアな連携基盤、CPSセキュリティなどの多角的な研究開発を進めており、政策当局は法的・制度的整備、標準化、情報共有、人材育成などの政策課題に取り組んでいます。
今後、スマートシティの安全かつ持続可能な発展を実現するためには、これらの研究開発の成果を政策に迅速に反映させ、また政策的な課題を研究の推進力とするような、政策と研究のより一層緊密な連携が不可欠となります。研究者の皆様におかれては、技術的な知見を行政や社会に還元する視点を常に持ち、また政策担当者の皆様におかれては、最新の研究動向を把握し、政策立案に積極的に取り入れていくことが強く推奨されます。